台風が近づいて、少し風が出てきました。
娘の三連休中の国語の宿題は、教科書に取り上げらている「森鴎外」の「高瀬舟」の感想文を書いてくるように・・・といういことらしく、昨日からちょっと書きあぐねてるようで。
近頃の中学の国語の教科書には明治の文学などは稀らしく、ちょっととっつきにくい・・という感じらしい。
だから漱石も今のところあまり読もうとしませんね。
漱石ファンとしては、読んでほしいですが・・・。
さて、高瀬舟ですけど、
ま、読後の彼女の感想と私の感想を述べ合って・・・
彼女は、ああだこうだと言いながらも、結局は頑として自分を譲らないといころがあることはわかってますから・・・安心。
ここは、一応、私も負けじと、ああだこうだと私の感想を述べることに。
でも、勿論、娘は、最初から計画してた通り、自分の感想文に仕上げました。
これでOKです。
一応、母がどういう感想を持つか、チェックに来るンでしょう。
彼女は、喜助は有罪か無罪かに着眼点が・・・。
無罪であることに、心を込めて書いたようです。
私はと言いますと、同心の庄兵衛と喜助の対比に興味が・・・。
確かに・・・娘の年齢の頃に、読みましたが、今の年齢で読み返すと、なるほど・・・と深く感じ入ることがあって、2回も熟読してしまいました。
係累、世間体、立場、地位、欲・・・いろんなしがらみから逃れきれない庄兵衛は、現代人にも通じる俗界の側。
それに引き換え、弟殺しの罪で遠島に向かう船上の喜助の境地は、なんとも澄み渡った神の国の側。
自分の運命を嘆くでなく、足ることを知っている・・・
そんな喜助の至福感を感じ取り、庄兵衛の心が揺れ動くのが印象的。
明治時代に・・・そして現在にも通じ、そして永遠のテーマ。
森鴎外の作品・・・秋の夜長に読み返してみたくなりました。