「曼珠沙華一むら燃えて・・・」の記憶

昨日の「曼珠沙華」の短歌・・・作者がどなたかを忘れてしまってました。
でも、とっても懐かしい歌・・・。
はるか昔、中学時代、数多の短歌を暗記させられ、歌を詠んだときの作者の身の上、心情まで味わいつくすという授業をしていただきました。
彼岸花の炎のような「赤」が印象的で、記憶の中に息づいていたようです。
この歌・・・昨日、壮大な緑のパノラマに点在する彼岸花の群生を見て、
あまりに「一むら燃えて・・・」がピッタリ、しっくりだったので・・・。
この歳になって改めて、その歌を詠まれた方に淡い恋心・・・。
作者がどなただったかを調べないでいられなくなってしまって・・。
「木下利玄先生」でした。
で、なんと利玄先生、岡山は「足守」のお生まれの歌人なんですね。
5歳で養嫡子して上京されてますが、この歌は晩年の頃、大正13年の秀作ということです。
「曼珠沙華の歌」10首として残っています。
晩年、病に伏せながら、故郷の足守の生家付近の曼珠沙華の風景を懐かしく思い出しながら詠まれた歌だそうです。
そういえば昨日、総社に向かう途中、「足守」もちびろさんの車で通りかかりました。
彼岸の頃を迎えても、まだ日差しの強いこの地ならではの光の具合、「一叢の炎」のような彼岸花の群生・・・昨日私が目にしたものは、そのまま、この歌の「原風景」だったというわけ。
「曼珠沙華一むら燃えて秋陽つよしそこ過ぎてゐるしづかなる徑」
感謝です。
合掌。

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Posted by amarin