冬ソナのぺ・ヨンジュンさんとミュージシャンの尾崎 豊の星を看てきたわけですが、二人の星を比較してみたいと思います。
本能、魂は陽占といって十代主星で判断します。星の組み合わせがとても似ています。
まず、陽の習得本能の龍高星です。これは大衆受けする創作能力、来るもの拒まずの人懐っこさ、経験を通して物事を学ぶ、物事の裏側を追求する、こんな感じですが、芸能界に生きる方には多い星です。
次は、貫索星、石門星の二つ、これは守備本能ですが、貫索星は意志の強さを、石門星は協調性、政治力を現し陰陽二つの星には違いがあります。二人とも陰陽一つずつお持ちです。意志の強さ、頑固な部分と仲間と協調して物事を推進する部分を兼ね備えた守備的本能があるということです。
ドラマ、映画の世界もライブ、コンサートの世界も協調性、政治力は必要でしょう。カリスマ性もそこから生まれてくるのでしょう。
そしてもうひとつ、攻撃本能です。ヨン様は一本気、純粋な陽の闘争心、競争好きの車騎星を二個、尾崎は自尊心、名誉を求める陰の攻撃本能である牽牛星を二個、それぞれお持ちです。この尾崎の牽牛星はかなり車騎的になりますから、やはりふたりは似通った攻撃本能です。ヨン様の方がよりカラっとしている感じ、尾崎の方が少し策士的かな?
魂はとても似ています。理知的で人懐っこく、カラっとした男っぽい気骨のある星です。感傷とかのんびり、おおらかさからは程遠いという感じです。非常に男性的です。お二人とも母性本能がくすぐられるタイプですよね。
しかし干支で看る陰占では全く違います。行動として表出するパターンというべきものですが・・。
ペ・ヨンジュンさんは、現実に強い発展をあらわす岩盤のような融合を持っています。その上、十年ごとに回る大運も現実に強いエネルギーが継続していきます。安定感があります。御自身も人生に矛盾を感じることは少ないでしょう。
一方、尾崎の場合は、波乱や争いなどに出遭いやすく、そこから反逆児として立ち上がっていったという感じです。霊感も強くそこから才能が放出していったのでしょう。肉体的にも脆さが現れてきます。
お二人の表現の方法は全く種類の違うものであることが、判ります。
お二人ともカリスマ性のある魅力的な表現者には違いはないですけれど・・。
僕が僕であるために
勝ち続けなきゃならない
正しいものは何なのか
それがこの胸に解るまで
僕は街にのまれて少し心許しながら
この冷たい街の風に歌い続けてる
この「僕が僕であるために」の詩をもとに、尾崎の星を看ていきましょう。
僕が僕であるために勝ち続けなきゃならない、というフレーズに共感というか、そうなんだよなあ・・でも、という感じ方をした若者は多いと思います。
まあなるようになるさ、あるがままでいいよって生き方をしている若者にはあまり響かないフレーズでしょう。
何とかしたい、この世に自分を成功させていきたい、でも大人の言うように学歴をつけて、いい会社に入って、サラリーマンになって出世して・・って別にしたいと思わないんだよなあ、という若者に絶大な支持を得たということでしょう。
じゃあ正しいものって何なのだろう、それを探すために街で歌っているんだという姿勢でしょう。
この「なんとかしたい」という気持ちが尾崎のモチベーションと思います。胸の星は牽牛星。名誉、権力の星です。陰の闘争本能、勝ち続ける必要が彼にはあったということです。
一方干支は、感性鋭く霊感体質です。社会など外側の世界で波乱の多くなる組み合わせでもあります。
現実の教室で机に縛られ、これを覚えたらきみの将来は約束されるんだよ、という教師の態度に耐えられるはずもなく、神憑り的な才能を抑えることもできず、いっときは居場所もなくなりバイクの盗犯などの非行に走ったということでしょう。その後は自然に才能は溢れ出て、世に認められるようになっていくのです。
何千人という聴衆を前に壮絶なパフォーマンスで生き方を歌うことでアピールする、そしてカリスマとしての支持を受ける、これは彼の成功、勝ちを意味します。
今彼が生きていたら38歳ですか。今でも世の矛盾を歌で訴え続けているのかも知れませんが、成功を手にし音楽関係の事業家となってワハハと笑っている姿なんて想像できませんよね。
反逆というか、おかしいよそんな人生、俺はそうは生きない、俺のやりかたで人生を掴むぜ、君も君のやりかたでやってみろよ、っていう吐き出すようなメッセージを訴えるのが彼の使命だったのでしょう。
ですから、熱烈な尾崎の支持者に反感を買いそうですが、あの謎の死もまた、タイミング的に彼のメッセンジャーとしての不動の地位を築くには必要なできごとだったと思うのです。
数日前に紹介しました冬ソナのペ・ヨンジュンさんの星と魂が似通っているのには驚きました。陰占では決定的な違いがありますが・・。次回はこのお二方の共通点と相違点についてです。
明日は尾崎 豊の十三回忌だそうです。
「尾崎 豊・十代の素顔」という二時間番組を見ました。
東京にいる二十二歳の次男に送ってやろうということになって、ビデオを撮りました。彼は中高時代、よく尾崎のCDを聴いていました。
私は尾崎豊と息子達の聴くCDで初めて出会ったという感じです。忙しく日常をこなしていた時代でしたが、子供達の部屋から流れてくるメロディに、断片的に私の胸にも響いてくる詩のフレーズがあったことを思い出します。
「僕が僕であるために」などは、現在二十五歳の長男が高校、大学生のとき年に数回家族でカラオケに行ったとき、よく熱唱していた曲だったことを、今日知りました。
他の日本の若者と同じように息子達三人も青春時代に、尾崎の歌を必要としたときがあったのでしょう。
番組ではライブ中心で、猛烈なパフォーマンスで叫び訴えるような歌い方をする十代の尾崎の姿を映していました。歌詞の字幕が流れたおかげで、彼の詩がはっきりと理解できたのは嬉しかったです。あの年頃の彼が何を訴えたかったのかがよく解りました。
番組の途中で、尾崎豊のHPを開いて、彼のプロフィールや生い立ち、歴史を知りました。勿論、星も見ました。ライブを聴きながら、彼の内面を追求していました。
尾崎のあの若い死、ということを深く考えていました。
明日は、尾崎豊の星と彼の死についてお話してみたいと思います。
「AquaMarineさん、ちょっと、ちょっと・・」
と向こうから同僚のYさんが走ってきます。豊満な○○をユサユサと・・。半分欲しいな・・とぼんやり眺めながら待っていると、
「今日の業務日誌にOさんがね、AquaMarineさんをあんまり巻き込まないように・・。(ヨン様)(笑)って書いてあったんだよ」
「エ~エ~ホント?、私、業務日誌に書いてないよ、冬ソナにハマって寝不足で集中できないなんて・・・。」
とは言ったものの、HPの日記にはガンガン書いてますけど・・。でも業務日誌には、冬ソナの「ふ」の字も書いてません。
Oさんというのは、パートメンバーに日常業務のアドバイスをしてくれるヨン様と同世代の男性社員です。
「見てるんだよね、会社はよく把握してるよ。私と二人でよく話してるものね」
と、ハマリ重症度NO1のNさんの発言。
胸の星は自分自身、その左、左腕は、社会、友人、兄弟の場所です。私は、左腕の星から胸の星が生じられています。
このことを言うのだなw」w」。はたと気づきました。左手から胸の星を生じられる人は、社会や友人からの影響を受けやすいのです。別に悪い影響でなきゃ構わないじゃない、とぐらいにしか思っていなかったのですが、結果、自分自身が捻じ曲げられてしまう可能性があり、自分の本質を陽転させられない恐れあり、ということなのです。
数日前、他の方のHPの掲示板に書き込んだ内容など、遠い過去の私が、ある恋によって生き方が思いもよらぬ方向に・・などと書いていますがこれもそうかも・・。影響を受けやすくその結果自分を見失いやすい、ということでしょう。
左腕の星と胸の星は相剋関係にあった方が本質が陽転しやすいということです。つまりどんなに社会や友人から働きかけられても、自分の本質を伸ばしていきます。一方、相生関係にあるのは本質を陽転させにくくなりますが、左腕から生じられるということは、社会や友人から助けられることも多いのです。
確かに助けられることの多い人生でした。感謝しています。こういうケースは、ある意味人生に楽を伴うことになるが、何より教養と徳を必要とする、でないと自己の本質は陰転し易い、ということです。
甘えるな!ってことです。そうじゃないと甘えっぱなしの人生になるぞ、ということです。深く自戒する次第です。
ところで、ひょっとして会社の0さんは、このHPを見たのでしょうか?ヤバっ!?いや、別にいいです。公開のための日記なのですから。
今日はオーダー以上に嬉しいできごとが・・。営業マンがオーダー以上の喜びなんてあるかw」w」って感じですが、私はマーケッティングまでですから微妙に違います。信頼関係が築けるか、なのです。
書くと消えてしまいそうなので・・とにかく一瞬涙が溢れました。今月苦しかったので、これで精神的に突破できそうです。
ヨン様の星です。
胸の星は龍高星。きのう話した生日干の壬水と共通した意味を持ちます。この方の場合この龍高星が鍵を握る星でしょう。
龍高星は、経験から物事を学ぶ、物事の裏側を探ろうとする、大衆受けする創作能力を現す陽の習得本能です。陰の習得本能は玉堂星で、こちらは机上、書物から習得する知恵ですが、ヨン様の場合は経験から学ぶ陽の知恵です。アクターという立場はピッタリですね。
ただ、表現者という感じではありません。表現はむしろ少し不器用な面がおありでしょう。ちょうど、チュンサンの性格を演じるには最適だったかも。知的で数学ができて、クールでシャイで・・。愛情表現も押さえ勝ち、ざっくばらんとは正反対、自分を表出するのが苦手なタイプ。三日も徹夜でセリフの研究をされたり、心で演じることに努力なさったり、この謙虚で真摯な人間性が独特の魅力となって響いてくるのでしょう。
でもヨン様は、星が強烈に強いのです。これは相当なエネルギーを必要とする人生が待ってるということです。今後、33歳以降ますます、です。石門星という星に剋線があり、映画、ドラマという仲間と協調して築き上げる世界は最適です。俳優もさることながら演出、制作の方にむしろ才能がおありです。行動力、競争好きw「負けず嫌いな面もしっかりとお持ちです。
今後、国際的にも活躍されるでしょうが、四十代までは星のバランスがあまりよくないようです。しかし、映画、ドラマという世界でご自分を表現していくことが、そのアンバランスを改良していきます。その上、強力なエネルギーが続く人生ですから、神に課せられた役割がとても大きい方なのでしょう。
53歳以降が本当の意味で自分らしさを出して行かれるでしょう。
もうひとつ、ユジンを演じたチェ・ジウさんとは星的にとても縁が深いようです。共演者として出遭うべくして出遭ったという感じです。お互いをよく理解し合える関係です。
今夜の瀬戸内海産の鱸の塩焼きは、さっぱりと美味しかったです。瀬戸内海産では、穴子に少し感動です。天ぷらにすると、新鮮で生臭さが全くないのです。そして、日本海に面した宍道湖の蜆、身が貝から剥がれる蜆はこちらに来て初めてです。岡山は、あまり知られてない海の魚の宝庫と思います。
海、海流を現す十干は、壬水です。壬水を生日干に持つ人は、流されながらその時々に起こったできごとや、各地の風習を見聞して視野を広げて行きます。放浪、改革、理性的、動きの中で本質を見極めていく人です。
十大主星では、龍高星の意味を持ちます。動の習得の星、経験から物事を学んでいきます。
秋に生まれた壬水はどんな感じでしょうか。秋は物事を浄化します。ですから秋の水は綺麗なのです。綺麗過ぎて濁れない、おおらかさ、ざっくばらんさがあまりありません。
今、話題の冬ソナのペ・ヨンジュンさんは、秋生まれの壬水の方です。確かに品の良さが香り立っていますが、他にも水性がとても多い方ですから、純粋、綺麗とばかりは言ってられません。
逆にずるさというか、もっとお若い頃にも大人のような発想をされていたと思います。そして、来年三十三歳から、一生涯特殊な強運のエネルギーが継続します。来年から始まる十年の大運は一つ転機で、俳優だけでなくもう一つ新しいご自分が生まれてきます。何かはわかりませんが、新しい自分です。演出など制作の方の仕事をされるのかも知れません。
明日は、もっと詳しいヨン様の星をお知らせします。
今月は冬ソナ中毒の疲労で、前半の仕事に大いに支障ありで、悶々とした日々を送っています。挽回しなくては・・。
夕方、近所のスーパーへ、目的はひとつ、お作りが半額になるのを狙うのが生き甲斐なんです。みみっちいと言われようが、ケチと言われようが構いません。こちらのお刺身は新鮮で美味しい上に、半額になるのはやはり魅力です。
ところがです。今日は娘のスケジュールに三十分狂いがあり、来店が早すぎてまだ五十円引き止まり、悔しいけれど、散らし寿司には必要でしたので購入、帰りはすっきりしません。このところの仕事ストレスと重なって自転車のペダルも軽やかならず・・。
でも風は爽やか、住宅のお庭の赤や白のはなみずきといい、藤棚の藤の花といい、大いに眼を慰めてくれました。
夫もレンタルビデオ店に行って、無いだろうと思っていた冬ソナのビデオ9・10巻が二巻揃ってあったときは生き甲斐を感じた、と言ってましたから、刺身の半額といい、意外と日々ささやかな生き甲斐に支えられて暮らしている中年夫婦です。
帰宅後、ふと思いついて、ペ・ヨンジュンさんのHPを見て、生年月日を調べました。なんと、先日算出したチェ・ジウさんの星と大半会を始め絡みがとても強いことが判明、彼らは語らずともお互いを理解し合える関係です。迫真の演技だったということでしょう。共演者同士がこういう関係にあるというのは偶然にしても不思議です。だからこそ名ドラマになったとも言えるでしょう・・・。
というわけで、こんなささやかな大発見で少し気分が良くなって、その後夕食、半額にならなかった分味は落ちましたが、まずまずのお味でした。
さて、今日はこれからも仕事です。相性判断と電話で詰めの仕事を三件ぐらい。どうぞ気持ちよく眠りにつけますように・・・。
ここ2・3日、初夏のような暑さで少し閉口気味です。また、去年初めて経験した岡山の独特の暑さが近づきつつあるのを感じます。
眼まで痛くなる紫外線の強さ、空気が澄んでいるせいか、ジリジリと焦げ付くような日差し、あの夏がまたやって来るのかと思うとちょっと・・。東京の不自然な、エアコンの室外機の熱風とアスファルトの照り返しと光化学スモッグがミックスした夏の暑さが妙に懐かしかったりします。こちらの夏の暑さは健康的なのですが馴れてないせいか、去年はこたえました。今年はサングラスに長い手袋でも買って、早くから対処しなくては・・・と思ってます。
でもこの日差しで白桃があまーくなるのですよね。我慢しなくては・・。
昨日の夜、NHKで「ものしり一夜づけ」を見ました。まだ、冬ソナの余韻から醒めていないようで、つい、韓国ドラマの魅力、なる番組を見てしまいました。
魅力の要素は三つ、居眠り、眼鏡、恨、という分析でした。スタッフも俳優も不眠不休で作るドラマですから、居眠りがあり、韓国では知的で体もごつい人が理想ということで、眼鏡なのだそうで、なんとなく納得しました。
三つ目の恨、ですが韓国哲学の研究者の話では、朝鮮半島の長い歴史における周辺の国々からの侵略に対する国民の感情が影響しているそうです。自分の期待やそうあってほしいという望みがどうしても受け入れられないことへの無念さ、悲しみの感情を恨というのだそうです。冬ソナの主人公達は15分に一回の割合で涙を流しているということでした。
冬ソナに流れる恨の感情の量が日本人にも共感できるものだったのだろう、というのです。
確かに職場の若い女性は、サンヒョクであれ、チェリンであれ、自分がこんなに好きなのに好きになってくれない、という場面でも何度も涙が止まらなかったと言ってました。
私は、このドラマであまり泣けなかったのは、この恨、という感情にあまり共感できなかったかなw」w」と思います。恨は充分理解できたのですが、異国の人達の習慣や内面の根本的な違いとして、とても新鮮に映りました。登場人物の恨の感情の緊迫感はとても伝わってきましたから、次が早く観たい・・の繰り返しになっていったようです。でもこれは、日本のドラマには感じたことのない初めての体験でした。そしてなにより、俳優さん達の魅力と丁寧に心で演じようとする姿に一番共感を覚えました。
しばらくしたら、今度は冬ソナに登場するピアノ曲の楽譜も買って、音で遊んでみたいと思ってます。
やっと、日常に戻れます。昨日、冬ソナ最終話まで観終わりました。ところで、バケツまで勧められた私でしたが、結局一番最後の場面でタオルで溢れる涙を拭くに留まりました。
物語に感動したというより、ストーリーの展開を予想して追いかけるのがとても興味深かったという印象です。
一つ挙げるとすれば、冬ソナの単行本の上巻の中に戊癸干合という占星学の話が登場人物の会話にさりげなく登場したところです。
ユジンは戊土、ジュンサンは癸水でふたりは干合するから離れられない縁だ、というのです。これにはちょっと驚きました。韓国では、こういう占星学の知識が日常なんだ・・!干合とは、前にも日記に書きましたが、夫婦の縁を現します。ともすれば、サンヒョク、チェリンもあの手この手で、二人を引き離し自分の物にしようとするけれど、彼らにはそういう絆がなかったということでしょう。絆という運命を少し考えさせられました。
もう泣かないで終わりそうだw」w」と思った瞬間、最後の場面で涙が溢れたのは、ドラマに入り込んでではなく、私的な感情とオーバーラップしたからだと思います。恥ずかしながらわが息子の失恋を思い出していたのです。
ユジンの設計した建物を現実のものにし、そこで思い出に浸る孤独なジュンサンの姿を見たとき、やはり設計をやる長男の過去のできごとと微妙に重なったからだと思います。愛は制作意欲を掻き立てるものですし、形を残す手段を持つことで愛を永遠に留めることもできるよな・・それもいいんじゃないでしょうか・・。
ユジンとジュンサンは幸せになれてほっとしましたけれど・・。
それにしてもあの最後の場面のジュンサンの姿にですね、海を隔てた異国のおばさん達が、ヨン様と夢中になるのも無理ないと思いました。でもこういう文化交流って、素敵ですね。それには感動しました。
今日は、我が家の四番目の中学の入学式でした。娘もようやく中学生・・・。延々と子育てをやってきたものです、はい。
実は、例の冬ソナのドラマにハマってしまい、再放送の土曜日などかったるくて待ちきれず、ビデオを一日二本、夕飯を終えてから四時間見るのが日課になってしまい、日記も書けない夜を送ってしまっています。
「バケツを用意して見ないとね」と職場のみんなに言われていたのですが、14話まで見たけれど、まだあまり泣けないんですよね。
涙というより、面白いという感想です。いまのところ・・。
確かにチェ・ジウさんは制服が似合うからユジンの役はピッタリ。トレンチコートやスーツも素敵。そして、ミニョンもユジンも、マフラーの巻き方やデザイン、色合いが素敵、ハイネックセーターってこんな風に素敵に着られるんだあ・・みたいに、韓国の冬の厳しさを感じ取りながら、彼らのファッションに釘付けです。
娘と夫はサンヒョクに焦点を合わせて、最初は可哀想w」w」という印象を持ってましたが、近頃は結構ずるいところもあるぞ・・という感想に変わってきました。
涙脆い私がどうしたことか・・と思いますが、私がぐっとくる瞬間は、もっとさりげないもののようです。微妙に違うような・・。そんなこと言いながら、あと6話のうちに大泣きするのかも知れませんが・・。そのときは、報告します。
今日はビデオは休憩です。式の後、仕事に行って、夜はひたすら娘の中学の提出物の記入に務めました。
今は早く冬ソナから開放されたいという気分です。一気に見ないと苛ついてしまう、そんなドラマの魅力がありますね。お陰でホント、寝不足気味で仕事に集中力を欠いています。いけません。再放送の二話までに多分みんな見終わっていると思います。そうでもしないと、日常に戻れないのです・・。来週はしっかりします。