占星学と人生の詩と

☆幸運格差は?

接骨院、整体院を探しに行こうか・・・重くて辛い背中より上の状況をなんとかしないと・・・

と思っていたのですが、

とにかく、娘は午前練に出掛け、夫はまだ寝てることだし、濃い目のコーヒーと、スーパーで買ったホントは娘のおやつになるはずのチーズケーキでも食べちゃいましょう・・・

たまには母が娘にわがまますることがあっても・・・

意外とこういうことくらいで癒されこともありうるかも、ということで

コーヒーを飲みながら、昨日買った「貧乏くじ世代」の続きを気ままに読み始めて・・・

2時間くらいで読み終えたんですが、

すっかり元気になってます。

やったね!

少々の辛さは吹っ飛んだということは、肉体的にというより精神的重圧感の方が原因だったのですか。

そうは言っても、真向法とヨガでなまり切った身体をほぐそうという前向きな気持ちだけは復活しました。

そして、馴染みの接骨医さんだけは早急に開拓すべき事項には違いないようです。


この香山リカさんの本、なかなか面白かったです。

以前「希望格差社会」の内容についてアップして、続きを書こうと思いながら、書けなかったんですよね。

山田氏の「希望格差社会」は、読むことによっても充分に「希望」を失わせる内容に感じられたのですよ、私には。

これでは、今の団塊ジュニアやそれに続く若い世代に全く「救い」がないのでは!

「親の収入や地位によって、子供が将来にどれだけ希望が持てるかもあらかじめ決められている社会」が現実だとおっしゃるんですよね。

それは確かにそうなんかもしれませんが、だからこうすべきだという内容は最後の10頁くらいに申し訳程度にしか書かれてないんです。

私のところにも20代後半から30代全体の男女の方から、「私の適職はなんでしょう」「私のお役目は何でしょう」「私の才能は何でしょう」

というご相談は多いです。

高度成長期世代、努力がそのまま報われるという平和な時代に育った私にとって、当時、勝ち組ににならないのも自分の責任!とはっきりと割り切れた私なんざ、うらやましい位のキャリアをお持ちの方々が、

「ホントの私は何をすべきなんでしょう?」

とおっしゃることに直面します。

香山さんの本を読んで、どうしてこういう傾向があるのかもよく分かりました。

羽生善治氏、熊川哲也氏、イチロー、目下、僕って何がしたかったんだろう?状態のホリエモンにしても、大企業の御曹司でもなければ、エリート学者の息子ばかりでもない、東京育ちでもなく自分の力で才能を開花させた方々。

「ラッキーかどうか、つまり「幸運」に関しては、まだそこまでの階層化は進んでないのではないか」

これ、私も全く同感です。

アンラッキーと思うのもラッキーと思うのも、自分サイドの問題。

ラッキーにするもしないも自分次第、ということは今の社会でも充分通用すると思います。


日々、干支を見ていて思うことですが、

強運、幸運って、どんな造りだと思われます?

実は、干支の造りが「単純」なんです。

矛盾がない、邪魔が入らない、という形。

そういう方は、「何故、他の方々が物事がスムーズにいかなくて悩まれるのか」を理解できないんじゃないかって思います。

アンラッキーとは、その逆の「単純じゃない」ということになるんですが・・・

単純じゃない形を、後天的にどの時期に単純へと解決できるか、ということを探ることでラッキーに導けます。その辺りがきっかけとなって好転していくことも多々あります。

どなたにも、いつになるかはそれぞれですけど、チャンスは必ず訪れるということ・・・

香山さんは占星術やスピリチュアルカウンセラーに否定的、科学で割り切れないものを信じるな!的な自然科学者であることには、反論の余地はあるまでも致し方ないこととして。

「幸運」に格差はない、って考え方、今朝の私にはピッタリ、ハマって、背中の辛い凝りまで吹っ飛んでしまったようです。


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