占星学と人生の詩と

2006年04月05日

『天火明命』

昨夜からの雨もようやく上がって、薄日が差してきました。

すっかりご無沙汰いたしております。

「どしたんや・・・?」

との催促もございまして、そろそろ重い腰を上げることに。

どうってことないんですが・・・

内側に埋没してしまって、這い上がろうという意志を喪失してました。

この1ヶ月の日々には・・・

早朝に氏神さまへ参拝に訪れることくらいですか・・・自分に課していましたことは。

季節の折々には出掛けてきたのですが、100日行として出掛けてます。

早朝、神主さん自ら掃き清めらた境内を踏みしめますことはなんとも心地よく、日々、自分の心に変化が訪れるのを感じます。

醍醐天皇延喜5年(905)から編纂された「延喜式」の神名帳に登載(延喜式式内社)されていると言いますから、とても古い神社です。

天照大神さまの弟君、天火明命が祀られています。

伊勢国生まれの私には天照さまへの想いは一入、火性の要素の強い私には、移住してきた当初からご縁を感じる神社です。

本殿の裏側には小さなお社が5つあって、それぞれに神様が祀られています。

このお社も日々訪れてはお参りさせていただきます。

この間には・・・

義父の満中陰を迎えました。

三男が社会人になり、三人の息子たちもようやく我々の手を離れました。

嬉しいことに、夫と二人の息子の喫煙が気になっていたのですが、不思議にも、同時に三人が煙草を止めました。

一区切りの季節を迎え、どうやら数日、頭も空っぽになっていたようですが、そろそろ日常に戻ります。

2006年04月07日

祭りのあと症候群

当地の桜はようやく7部咲きから8部咲き・・・。

寒の戻りなどあって、思わせぶりな蕾の時期が今まで続いたのですよね。

というわけで、これからがいよいよお花見本番なんです。

と張り切ってみたものの・・・


それよりも、私にとって

どうも最優先すべき癒しの場所は・・・

整体、マッサージなんかもしれません。

このところなんかブログ更新が億劫で堪らない・・・

メールのお返事なども少し遅れてしまってます。

「体調が思わしくないのですか?」

と、ご心配いただいたり・・・

なんでかな・・・


夕方、書店でふと買った香山リカさんの本読んでて、

「祭りのあと」という症状を読んで唖然。

数日前の私の日記にも同じ言葉、書いてしまってます。

祭りの高揚感のまま終わらせたい、という30代の男性の症状が説明されているのですが・・・

近頃、私も、この「祭りのあと症候群」なのかも・・・

相談に来てくださる方の劇的なの人生を追体験していたり、

二つの干支を並べて、お二人の恋愛の高揚感であったり、

思いが届かないときの「何とかしたい感」であったり、

必ずこの苦境を乗り切るんだみたいな一体感というか高揚感

キーボードを打ち込んでるときも、かなりハイなまま。

喜んでいただけたときはとっても嬉しいのです。

でも、こうして完了したときの喪失感というか、脱力感というか、

このところ春のけだるさも重なって

ホルモンバランスということもあるのかも・・・

とにかく目がショボショボして、両肩から首が石のように硬くって、

こんなとき、東京の路線の隣駅にある整体院が懐かしくて、すぐにも飛んでいきたくなります。

まだ当地では、整体院の開拓に取り組んでないもので・・・。

保険のきく、お高くなくて、癒しの整体院を早く探さないと。

それもそうだけど・・・

まずは、

自然の気に包まれて来なさい、ってことかもですね。

2006年04月08日

☆幸運格差は?

接骨院、整体院を探しに行こうか・・・重くて辛い背中より上の状況をなんとかしないと・・・

と思っていたのですが、

とにかく、娘は午前練に出掛け、夫はまだ寝てることだし、濃い目のコーヒーと、スーパーで買ったホントは娘のおやつになるはずのチーズケーキでも食べちゃいましょう・・・

たまには母が娘にわがまますることがあっても・・・

意外とこういうことくらいで癒されこともありうるかも、ということで

コーヒーを飲みながら、昨日買った「貧乏くじ世代」の続きを気ままに読み始めて・・・

2時間くらいで読み終えたんですが、

すっかり元気になってます。

やったね!

少々の辛さは吹っ飛んだということは、肉体的にというより精神的重圧感の方が原因だったのですか。

そうは言っても、真向法とヨガでなまり切った身体をほぐそうという前向きな気持ちだけは復活しました。

そして、馴染みの接骨医さんだけは早急に開拓すべき事項には違いないようです。


この香山リカさんの本、なかなか面白かったです。

以前「希望格差社会」の内容についてアップして、続きを書こうと思いながら、書けなかったんですよね。

山田氏の「希望格差社会」は、読むことによっても充分に「希望」を失わせる内容に感じられたのですよ、私には。

これでは、今の団塊ジュニアやそれに続く若い世代に全く「救い」がないのでは!

「親の収入や地位によって、子供が将来にどれだけ希望が持てるかもあらかじめ決められている社会」が現実だとおっしゃるんですよね。

それは確かにそうなんかもしれませんが、だからこうすべきだという内容は最後の10頁くらいに申し訳程度にしか書かれてないんです。

私のところにも20代後半から30代全体の男女の方から、「私の適職はなんでしょう」「私のお役目は何でしょう」「私の才能は何でしょう」

というご相談は多いです。

高度成長期世代、努力がそのまま報われるという平和な時代に育った私にとって、当時、勝ち組ににならないのも自分の責任!とはっきりと割り切れた私なんざ、うらやましい位のキャリアをお持ちの方々が、

「ホントの私は何をすべきなんでしょう?」

とおっしゃることに直面します。

香山さんの本を読んで、どうしてこういう傾向があるのかもよく分かりました。

羽生善治氏、熊川哲也氏、イチロー、目下、僕って何がしたかったんだろう?状態のホリエモンにしても、大企業の御曹司でもなければ、エリート学者の息子ばかりでもない、東京育ちでもなく自分の力で才能を開花させた方々。

「ラッキーかどうか、つまり「幸運」に関しては、まだそこまでの階層化は進んでないのではないか」

これ、私も全く同感です。

アンラッキーと思うのもラッキーと思うのも、自分サイドの問題。

ラッキーにするもしないも自分次第、ということは今の社会でも充分通用すると思います。


日々、干支を見ていて思うことですが、

強運、幸運って、どんな造りだと思われます?

実は、干支の造りが「単純」なんです。

矛盾がない、邪魔が入らない、という形。

そういう方は、「何故、他の方々が物事がスムーズにいかなくて悩まれるのか」を理解できないんじゃないかって思います。

アンラッキーとは、その逆の「単純じゃない」ということになるんですが・・・

単純じゃない形を、後天的にどの時期に単純へと解決できるか、ということを探ることでラッキーに導けます。その辺りがきっかけとなって好転していくことも多々あります。

どなたにも、いつになるかはそれぞれですけど、チャンスは必ず訪れるということ・・・

香山さんは占星術やスピリチュアルカウンセラーに否定的、科学で割り切れないものを信じるな!的な自然科学者であることには、反論の余地はあるまでも致し方ないこととして。

「幸運」に格差はない、って考え方、今朝の私にはピッタリ、ハマって、背中の辛い凝りまで吹っ飛んでしまったようです。

2006年04月13日

クラス替え

娘の中学は、1学年2○0人と、今の時代にしては大所帯なんです。

こんど、○年になったのですけど、新しいクラスではなんと!○年生のとき同じクラスの女子のどなたとも一緒じゃなかったんだそうです。

クラス発表を見に行った日には、「!?!?!?」状態。

それからしばらくは部活や以前のクラスの友人達と携帯メール、ネットではブログ書いてる仲間のクラス替えの感想、印象を熱心に読んで・・・。

少なくとも、みんな数人は一緒みたいだし、結構、仲良しと一緒だって喜んでる人が多いことが判明したらしいのです。

落ち込むかな?と思いきや。

以前の転校のつらさに比べたらなんでもない!って感じでした。

これだけの大所帯ですけど、今の子供達はメールというツールも利用しながら、状況判断は正確で、高速。

お友達からは、直接間接さまざまな情報が届き、現状を掴むことに励んでました。

かれこれ1週間ですが、そろそろ元気になってきたようです。

2006年04月16日

コンタクトレンズ

今朝、ようやくうららかな春の陽射しが訪れました。

氏神さまの境内のもみじの新芽の瑞々しいこと。

昨夜までの雨にしっとり・・・。

本殿にお参りするとき、いつも清清しい一陣の風に包まれます。

今日も一日、ありがとうございます。


昨日、眼科から帰った娘は、はらはらと涙をこぼすんです。

どうしたんでしょう・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そういうことでしたか。

授業中だけ乱視用の眼鏡を掛けて来たのですが、昨日初めてコンタクトを合わせていただきに行きました。

コンタクトを着けてしばらく慣らしているときに、相当にショックを受けたようです。

いかに裸眼ではものが見えていなかったか、を思い知らされることになったのですね。

バレー部なんですが、熱心に練習し、運動神経も悪い方ではないのに、何故サーブカットが上達できないのか、ハタと納得してしまったようです。

バレーは、眼鏡掛けることは危険なので、裸眼で2年間練習してきました。

もっと早くにコンタクトを着けていたら、もっと成果が出せていただろうに・・・という「悔しさ」の涙と判断しました。

そして、折角処方していただいたのですが、取り寄せで、実際に装着できるのは2週間先、その頃に試合があるので、それまでの時間がいたたまれない、ということです。

今では、中学生でも簡単にコンタクトが着けられるようになっているのですね。

私は、こと視力だけはいいので、彼女の気持ちに思い至るのに時間が掛かってしまったようです。

それでも、昨日は思い切ってコンタクトとご縁ができました。

これで一歩前進!じゃないのかな。

これから長いお付き合いなんですから、ゆっくり時間を掛けて慣らして行って欲しいと思います。

2006年04月18日

☆「庚金の夏生まれ」、あのお二人の星 予告

当地は何となく、すっきりしないお天気続きで、春うららの陽射しはなかなか望めません。

桜に変わり、新緑の季節も近づき、「壬辰」月を迎えています。

「辰」の中には癸水があって、水庫です。

しっとりとした湿土の姿。

万物を生み育てる大地には温かさと水分が含まれています。

その辰土に座す壬水、基本的に辰は土性ですから壬水にはさほどの強さはありませんが、癸水の根があることで、安定感はあります。

爽やかな季節、新緑がますます瑞々しく感じられる月になりそうです。

それどころでない状態がひとしきり続いてまして、しばらくご無沙汰の占星学日記ですけど、そろそろ復活させていただきます。

で、今日は、以前と最近にリクエストいただきましたお二人について・・・。

日干は同じ「庚金」のお二人。

同じく夏のお生まれですが、片や午月ということで火性の極みの月ですね。

片や、未月ということで、秋めいてきて、陽光の力は少し衰え始め、土性が強まってくる季節のお生まれ。

「庚金の盛夏のお生まれ」と「庚金の土用のお生まれ」のイメージの違いと、星の活かし方の違いを感じ取っていただこうと思います。

お二人のお名前は、後日のお楽しみということで。

2006年04月19日

☆昨日の庚金、午月のお生まれはこの方!

この方は女性です。

月支「午」の蔵干は、「丁火」が透出してます。

午月の丁火、甲木の応援もあって相当に強い火性です。


庚金って今までもよくお話しましたように、「丁火で焼き付けられる」要素があるかないか、が鍵を握ります。

牽牛星を生み出してますけど、健旺です。

これだけ強い火性ですから、ご本人の庚金にもそれに応じられる強さがないと、焼け熔けてしまって役に立たないという恐れも。要はバランス。

この方の場合、夕刻から夜に掛けてのお生まれなのかもしれません。

時柱が知りたいところです・・・。

そうでなくても、年干にある庚金、あるいは29歳からと39歳からの大運の天干に土性があることが幸いして、少々弱めの日干庚金はエネルギーが補填されています。

丁火に鍛えられた庚金は、月干の壬水に冷やされ、締められることで名刀に変身。

批判精神、鋭い斬れ味を携えて、語りや著作で、「世の中を斬る!」と言うイメージでマスコミに登場されました。

調舒星、禄存星ですから、精神分野に。

日干庚金に、月柱の「壬午」の配置が絶妙・・・と思います。


どなたと思われますか?

精神科医の香山リカさん。

黒ぶちの眼鏡もりりしく、庚金の女史、というイメージです。

2006年04月23日

☆ある女性の15年間

昨日、お目にかかった素敵な女性ですが、22歳から20年間の大運天中殺の方でした。

彼女は22歳で大学卒業と同時に故郷を離れられ、独立、会社勤めを始められました。

その後は、社会人ってこんなに大変なのかしら・・・と考え込んでしまう位、学生時代までのご自分には考えられないような猛烈なエネルギーを消費する15年間を送られたそうです。

お仕事のみならず、会社の抱えた問題の解決にも奔走、必要とされ、活躍されている内に、まだ発展が始まったばかりだった会社が、どんどん拡大発展していく過程を目の当たりにされたのでした。

勿論、ご自身もその間、着実にキャリアを積んで来られました。

15年目に、あるひとつのけじめがつき、ほっと一息つかれた頃、ある本で、算命学で言うところの大運天中殺の15年目であることを知るきっかけを得られました。

それからは、張り詰めていた力をすっと抜き、一歩、控える生き方に意識的に変更されて来られたのだそうです。

このまま、無事に、彼女は大天の陽転を落下させて行かれることでしょう。

大天突入と同時に、単独になりゼロからスタート、その後の陽転、15年目からの縮小への転換、20年目の無事終了、というとてもきれいなパターンです。

数々の不思議な運命の誘いのお話も伺ったのですが、ここでは残念ながらお話はできません。

ただひとつ、彼女はとても鋭い勘を持っておられること、そして強運であること、そしてそれゆえに、必要とされる環境に導かれること、を感じ取られせていただきました。

2006年04月30日

☆2チャンネルの遣り取り「算命と四柱の違い」

アクセスの足跡をたどって検索ワードなど見てましたら、2チャンネルの面白そうな遣り取りがあったので、行ってみました。

「算命学と四柱推命の違いってなんだ?」

ご自分の専門分野に肩を持つというか、かなり辛らつで攻撃的なやりとりが続いてましたけど、中に、とても賛同できるご意見の方がいらして・・・

なるほど・・・行き着くところは同じなんだな、です。

私の場合、物理的に東京を離れたことがきっかけ、何故か、東京の家にあった「古今名人命鑑」をという一冊を関西に持ち込んだところから、です。


こちらは歴代皇帝の子平学の鑑定例ですが、もう以前から渇望していた世界観だったのですね。

算命学のマクロ的世界観も魅力なんですが、もっと違う何か、があるはず・・・という気持ちかな。

市井の名もない一人の女性、数年前に離婚して2人のお子さんを抱えていらっしゃる、という方のご相談に応じさせいただくとして・・・。

その方に、国家の命運や企業の方針を得意とする分野でお話するよりは、もっとミクロな、その方を深く究明していくという手法の方がお役に立てるのですよね。

私の場合、こうして必要に迫られて、なのですが・・・。

2チャンに登場されていた方は、「算命学は望遠鏡、四柱推命は顕微鏡」と申されてましたが、その通りだと思います。

あのまま東京にいたら、算命学をもっと深める道に行っていたと思いますが。

でも、こうして関西にご縁があって、子平学の方へも急速に展開していきました。

でも幸運だったと思うのは、入り口が算命学であったこと。

算命学を深めていくことで、ぶつかる壁は、ほぼ子平学で解決できます。

もし子平から入っていたら、子平学の様々な流派の混乱状態に巻き込まれて、さっぱり!だったのじゃないかな。

算命は実に明快なすっきりとした世界ですから、その後に子平に入っても大切なこと、真髄となることだけを取捨選択、必要に応じて使い分けていくことができます。