占星学と人生の詩と

持って生まれた「武器」

このところ、気が付くと、気持ちがあちこち飛び回っています。

身辺がザワザワ、変化していることが原因なのは顕かなんですが。

まっ、これもまた必然なのでしょう。

しばらくはしっかり受け留めます。

最近は、どんな変化にも、肩肘を張って構えるということはなくなってます。

 世の中には、いくらでも動ける人、中には考える前に動き始める人もいます。

一方、動くべきときに、どうしても動けないという人もいるんですね。

テキパキ機転が利いて、迅速な行動力のある方にとって、動けない人は「なまけもの」にしか見えないわけです。批判のひとつも生まれます。

これが夫婦で、行動力のある方が夫の場合はまだいいですが、反対というケースもあります。

夫というものは、こういうときに自信喪失、自暴自棄、挙句の果てには、自分自身の卑小感に苛まれてしまうかもしれません。

夫の仕事運は低下をたどり、結局、身旺の妻が猛然と働き始める・・・。

でも、こちらも、「致し方なく」という部分で、決して心は充たされていない・・・。


「何の武器も持たずにこの地球にやってくるものはいない」

という言葉があります。

「殆どの人が暮らしに豊かさを感じないのは、人と分かち合うような天賦の才能がないからではなく、その才能を自信を持って分かち合うほど自分を信じていないからだ」

「だれでも、特定の天賦の才を持って生まれ、それをほんの少しでも世の中に捧げたら、豊かな人生を送るのに必要な物質を引きつけるだろう」

一見、なまけもの、才能もない!とレッテルを貼られたその身旺の妻を持つ男性も、必ず何らかの武器を持って生まれてきているのですね。

まずは・・・

それが何なのか、男性が自ら探ろうとすることを信頼して応援。

妙なプライドで、とんでもない方に向かいそうなときは、ひとことアドバイスも。

そして、縮こまってる心をノー天気に笑い飛ばしてあげることなんじゃないでしょうか。


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